ハルジオン。
「何?」

問い返すアキトを目で制し、達也がジッと杉林の一点を見つめる。

アキトが視線の先を追う。

雄大な角を生やした一匹の牡鹿が、二人を見下ろしていた。

木の根のような立派な角が、透き通る鱗粉をまとって航跡を描く。

濡れた服を絞る手を止め、二人はまるで魅入られたようにその姿を目で追った。

牡鹿はゆっくりと杉林を歩き、やがて対岸の岩場の上に姿を現した。

目が合う。

その澄んだ瞳に見つめられるうちに、達也はまた、不思議な浮遊感に意識が包まれる錯覚を覚えた。

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