剣と日輪
の字面に目線を落としていたが、顔を上げ、
「では、これでいきます」
と明答した。
「そうか。三島由紀夫、ええ名じゃのう」
清水は顎に手をあてて、満足している。公威は脳中、
(これでいくら小説を書いても、あのおやじにばれずに済む)
と開放感に浸っていた。次々にアイディアが湧き起り、整理が追いつかない位なのだ。
(死ぬまで書きまくってやる)
公威は丸で文芸を解しない父の、あの細面で丸坊主の狐面(きつねづら)を思い出しながら、そう誓わずにはおれなかった。
時局は風雲急を告げていた。軍事教練が度々行われるようになり、公威達は富士の裾野にまで連れて行かれ、厳格な訓練の中に投げ込まれた。公威は行軍するだけで精一杯で、実戦を想定した野外演習では、他の生徒の足手纏(まと)いとなった。勉学の優等生も軍事教練では、顎を突き出してへこたれているだけの落伍者にすぎなかったのである。前年より正科となった乗馬も頭痛の種だった。公威は馬が大の苦手で、よく落馬しては同級生達の失笑を買っていた。
梓は八月に農林省水産局長となって大阪より栄転すると、公威の文学指向を益々(ますます)指弾(しだん)するようになった。公威を、
「亡国(ぼうこく)の民」
と非難し、フランスを打倒して欧州を席巻している日本の同盟国ドイツの書籍を買い込んできては、公威に与えるのである。
挙句の果てに公威は梓に、
「二度と小説を書きません」
「では、これでいきます」
と明答した。
「そうか。三島由紀夫、ええ名じゃのう」
清水は顎に手をあてて、満足している。公威は脳中、
(これでいくら小説を書いても、あのおやじにばれずに済む)
と開放感に浸っていた。次々にアイディアが湧き起り、整理が追いつかない位なのだ。
(死ぬまで書きまくってやる)
公威は丸で文芸を解しない父の、あの細面で丸坊主の狐面(きつねづら)を思い出しながら、そう誓わずにはおれなかった。
時局は風雲急を告げていた。軍事教練が度々行われるようになり、公威達は富士の裾野にまで連れて行かれ、厳格な訓練の中に投げ込まれた。公威は行軍するだけで精一杯で、実戦を想定した野外演習では、他の生徒の足手纏(まと)いとなった。勉学の優等生も軍事教練では、顎を突き出してへこたれているだけの落伍者にすぎなかったのである。前年より正科となった乗馬も頭痛の種だった。公威は馬が大の苦手で、よく落馬しては同級生達の失笑を買っていた。
梓は八月に農林省水産局長となって大阪より栄転すると、公威の文学指向を益々(ますます)指弾(しだん)するようになった。公威を、
「亡国(ぼうこく)の民」
と非難し、フランスを打倒して欧州を席巻している日本の同盟国ドイツの書籍を買い込んできては、公威に与えるのである。
挙句の果てに公威は梓に、
「二度と小説を書きません」