剣と日輪
と気高い志を内包し、一年間身命をなげうってきたが、
「出版界は、売れない作家など見向きもしなくなる」
という厳格なハードルを越えなければ、一流も二流もないのである。
「売れねばならぬ」
公威には、
「ベストセラー」
という文字が、脅威(きょうい)の禁句と化し、彼の脳漿(しょう)を融(ゆう)解(かい)してしまいそうだった。
何時の間にか、初秋の風候になっている。公威は、
「展望」
という雑誌の二月号に載る予定の座談会で対談した小田切秀雄と、地下鉄銀座駅下りのプラットホームで電車待ちをしていた。小田切は共産主義者だった。共産主義に幻惑(げんわく)されていると自覚していない、共産主義に薔薇(ばら)色の光源(こうげん)を幻想(げんそう)している三十男のプロレタリア作家である。
小田切と公威は、雑談していた。小田切はよっぽど公威が気に入ったらしい。会話の間にふと、
「君も共産党に、入党してはどうか」
と切り出したのである。
「共産党ですか」
公威は天皇制の賛美者(さんびしゃ)であり、コミュニストを、
「日本を滅ぼそうとしている不逞(ふてい)の輩(やから)」
と見極めている。
(この俺に、共産党入党を勧めるとは)
公威は二の句が継げなかった。折りよく電車が入構(にゅうこう)し、大衆の津波に引き裂かれて二人は離れ離れになった。
「出版界は、売れない作家など見向きもしなくなる」
という厳格なハードルを越えなければ、一流も二流もないのである。
「売れねばならぬ」
公威には、
「ベストセラー」
という文字が、脅威(きょうい)の禁句と化し、彼の脳漿(しょう)を融(ゆう)解(かい)してしまいそうだった。
何時の間にか、初秋の風候になっている。公威は、
「展望」
という雑誌の二月号に載る予定の座談会で対談した小田切秀雄と、地下鉄銀座駅下りのプラットホームで電車待ちをしていた。小田切は共産主義者だった。共産主義に幻惑(げんわく)されていると自覚していない、共産主義に薔薇(ばら)色の光源(こうげん)を幻想(げんそう)している三十男のプロレタリア作家である。
小田切と公威は、雑談していた。小田切はよっぽど公威が気に入ったらしい。会話の間にふと、
「君も共産党に、入党してはどうか」
と切り出したのである。
「共産党ですか」
公威は天皇制の賛美者(さんびしゃ)であり、コミュニストを、
「日本を滅ぼそうとしている不逞(ふてい)の輩(やから)」
と見極めている。
(この俺に、共産党入党を勧めるとは)
公威は二の句が継げなかった。折りよく電車が入構(にゅうこう)し、大衆の津波に引き裂かれて二人は離れ離れになった。