剣と日輪
 小田切は宣教師(せんきょうし)みたいに、勧誘(かんゆう)をした。
(共産党か)
 自暴自棄(じぼうじき)になりかけている公威にとって、それは悪魔的魅惑(みわく)に満ちた椿事(ちんじ)となった。
 共産党入党は御免(ごめん)蒙(こうむ)ったが、公威はプロレタリア作家の同人誌、
「近代文学」
 の第二次同人招聘(しょうへい)に便乗(びんじょう)した。
 川端康成が高説(こうせつ)する、
「文学に思想無し」
 の精神で、あらゆる布石を打ちたかったのである。
 闇市(やみいち)に象徴される暗鬱(あんうつ)で、薄っぺらな混沌(こんとん)の占領下から、新芽が吹き出そうとしていた。新奇(しんき)な文明が息吹(いぶき)を与えられんとしている。公威は、
「売れない作家」
 という汚名に深沈(しんちん)していたが、思い掛けない天恵(てんけい)が、差し出されようとしていたのである。
「文芸」
 一月号紙上で、
「近代文学」
 の花田清輝(きよてる)が、
「聖セバスチャンの顔」
 という、
「仮面の告白」
 論を展開していた。花田は、
「この作品から文学上の二十世紀が始まる」
(安藤武著未知谷刊三島由紀夫「日録」より)
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