剣と日輪
 公威にとって、
「竜(りゅう)宮城(ぐうじょう)」
 の如きリオの遊興(ゆうきょう)の日限(にちげん)は終息(しゅうそく)した。
(もうこんな天国みたいな日々は、無いだろう)
 公威は、
(総身から解放たれた淫荒の魔物が満悦し、治まった)
 と認容すると、ブラジルを発ち、ジュネーブ経由でパリへ向った。
 パリでは厄災(やくさい)が、待ち受けていた。パリ滞在が一週間にならんとしていた三月九日、公威がオペラ座の有るストリートをうろついていると、鳥打帽(とりうちぼう)を頭に載せたたオヤジがポン引き紛(まが)いの接し方で近寄ってきた。公威は、
(胡散(うさん)臭いなあ)
 と直感したが、好奇心に負けて、ひょいひょい付いて行ってしまった。路地裏に凶漢(きょうかん)が居た。  
 英語で遣(や)り取りしてみると、にやつきながら、
「トラベラーズチェックを、為替(かわせ)より格安(かくやす)でドルに交換してやる。幾らあるのか見せてくれ」
 と頼むので手渡し、交換率の交渉をした。気が進まなかったので断ってカブシーヌ大通りに戻り、トラベラーズチェックを触ってみたところ、どうも変だった。
 取り出してみると、中身が抜き取られていた。
(何時の間に!)
 公威は小道に取って返したが、二人組は失(う)せていた。
(何て巧妙(こうみょう)な)
 詐欺師(さぎし)の鮮やかな手口に、公威は被害者となるしかなかったのである。



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