剣と日輪
 黛は四歳上の魁(かい)奇(き)性に富んだペーパーバックライターに、圧倒されている。
「いいですよ」
 黛はその気(け)が無かったので、ゲイバーには暗かった。三名で勢いよくサンジェルマン大通に出、探(さぐ)ったところ、
「レイヌ・ブランシュ」
 という店を突き止めた。
 公威は黛に礼を述べ、勇(いさ)んでバーの扉を開いた。半時たった頃、公威には一人しかパリジャンが付かず、黛ばかりがもてていた。黛がフランス語が堪能(たんのう)で、ハンサムなのが主因(しゅいん)であった。
 帰路公威は腹立ち紛(まぎ)れに、
「今度は一人で来てやる」
 と宣(せん)した。
 一週間後に公威は単身で、
「レイヌ・ブランシュ」
 に豪遊(ごうゆう)したが、やっぱり持て囃(はや)されなかったのである。
 トラベラーズチェック一三五0ドル分が再発行されたのは、四月十日だった。公威は一安心すると、ロンドンを経て、ギリシアへ着陸したのである。
 ギリシアは、公威夢想の国だった。尤も二十世紀のエリニキディモクラティアではなく、古代希臘(ぎりしあ)が、公威の理想国家だった。
 アテナイやスパルタといった都市国家には、スピリットなるものは介在せず、文武(ぶんぶ)両道が、価値観の全部だった。古代ギリシア人にとって神は唯一絶対ではなく、幾体(いくたい)もおり、何れも人間臭かった。古事記(こじき)に登場する神様に、近似(きんじ)していたのである。
 陽春(ようしゅん)のギリシャ路は、申し分なかった。公威はアテネの、
「丘の上に建つ都市」
 で至高(しこう)の次元(じげん)に抱かれていた。
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