剣と日輪
憂国編潮騒
 公威の文(ぶん)苑(えん)生態は、順風満帆(じゅんぷうまんぱん)であった。けれども原稿料は安価(あんか)で、単行本の売行きも、
「愛の渇き」
「禁色」
「秘薬」
 以外は大して売れていなかった。別に贅沢(ぜいたく)をしたい訳ではなかったが、家計は少々の貯蓄の他は、生活費で手一杯という現況だった。
 公威は、
「仮面の告白」
 を凌(しの)ぐベストセラーを欲していた。
「男色」
 が三島文学の売りになっている。公威も三十目前となり、
「作家」
 から、
「文学者」
 への脱皮(だっぴ)を図るべく、懊悩(おうのう)していたのである。
 年齢に絶対的基準を設けるのは、公威の悪癖(あくへき)であった。公威は命の年輪(ねんりん)に、環境を符合(ふごう)させていくのである。
 川端の、
「伊豆の踊り子」
 や、尾崎紅葉の、
「金色(こんじき)夜叉(やしゃ)」
 伊藤左千夫の、
「野菊の墓」
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