剣と日輪
 と粘(ねば)っこく聴聞(ちょうもん)してき、長岡は詳論(しょうろん)したものだった。
 爾来(じらい)公威は長岡に恩義(おんぎ)を感じているらしく、筑摩書房刊、
「愛の渇き・仮面の告白」
 の印税で銀座を梯子(はしご)したりしている。
「伊勢は津でもつ、津は伊勢でもつ」
 と詠(よ)まれた津市内の和食処で、二人の元同僚は痛飲(つういん)した。
 長岡は、県の庶務課長というポストに就(つ)いていた。
「課長、ま一杯」
 公威が御猪口(おちょこ)に地酒を満たすと、
「これは先生。いただきます」
 と長岡はやり返す。利害関係の無い酒盛(さかもり)は、痛快(つうかい)である。
「ところで、三重まで西下(せいか)して来たのは、取材の為とか、電話で言ってたよなあ」
「ああ」
 公威はてこね寿司を賞味(しょうみ)しながら、
「君はダフニスとクロエという古代ギリシャの物語、読んだことある?」
 と聞いてきた。
「知らんなあ」
 長岡の濫読(らんどく)は、実用書が主である。
「朴訥(ぼくとつ)な牧童が主人公の、純愛ストーリーさ」
「そうか」
「ダフニスとクロエの舞台を、日本に置換えてもおかしくない土地、それが神島さ」
「成る程ね。映画のロケハンみたいなものか」
「そうそう。今流行のパチンコ屋がないところが、理想だった。プラトニックラヴに、パチンコは似合わないからね」
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