剣と日輪
 と断って、イタリアで購入する予定だという、ローマ市所有のアポロ像の写真を鉾之原に披閲(ひえつ)してくれた。急所を葉で隠匿(いんとく)した半裸のアポロは、穏健(おんけん)で女性的でさえある。
「綺麗な尻でしょう」
 公威はアポロの後姿の画像に、酔心(すいしん)している。
「この一等美しい尻に惹(ひ)かれている」
 と照れ笑いしている。
「ほんとだ」
 鉾之原も見惚(みと)れる程、美(び)尻(じり)だった。
「彼を引立たせる叡智(えいち)と寛容(かんよう)に満ちた楽園を、東京の片隅に建立してください」
「分かりました。やらせていただきます」
 公威と清水建設はこの日、正式な建築契約を締結(ていけつ)したのである。
 公威は、
「鏡子の家」
 と、
「剣道」
 に夢中になっていた。
 木刀とボディビルで汗を流すと、徹夜で原稿に向っても大丈夫だった。
(俺は不死身の体を手に入れた。これから何でもできそうだ。文武両道という化学変化は、どんな結果を産み出すのだろう)
 公威は心・技・体の三要素を、自己改造によって最高レヴェルに迄押し広げようとしている。充実した、甘美(かんび)な新婚の夜(や)夜(や)が積重ねられていく。
 昭和三十四年五月十日日曜平岡家の四名は、大田区南馬込四の三十二の八に引っ越した。二世代住宅で、白亜の洋館は珍奇であった。公威は近隣の家々に挨拶回りをしたが、ご近所の皆様は何れも、
「まあ、御立派な家ですなあ」

< 166 / 444 >

この作品をシェア

pagetop