剣と日輪
 公威は、
「最早戦後にあらず」
 と唱えられ始めた昭和三十年前後にこの国の、儚(はかな)い末路(まつろ)を予測した。同時代の日本国民のマジョリティは、戦後の日本が経済成長期に入りこれから、
「平和」
 という虹のかかった楽土が建設されてゆくのだという幻夢を抱いていた。その差等(さとう)は埋められず公威は何れ、
「平和」
 妄想(もうそう)に麻痺(まひ)していた日本人に、体当たりしていくのである。
「鏡子の家」
 の不評は、危険で命を賭す価値のある、

< 168 / 444 >

この作品をシェア

pagetop