剣と日輪
 必勝はギプスの足を伸ばしたまま、寝床に上半身を起こした。
「まかやん、情けないのお」
 牧子の弟で必勝の弟分でもある茂が、牧子の横で悪態をついた。
「ほんまや」
 必勝は牧子の前で、己のドジを恥じた。牧子は、
「そんな事言うもんやない」
 と含み笑いをしている。茂は必勝の弟分である。六年前の夏、秋田でインターハイが催され、四日市高校バレー部が出場した折、必勝は一部員として秋田に遠征した牧子の後を追うように北海道ヒッチハイクを思い立ち、茂ともう一人と共に出発した思い出がある。茂ともう一人とは東京で別れたが、約一週間珍道中に明け暮れた仲だった。
「じゃあ、訂正する。骨折だけですんでよかったね」
「はは。上田姉弟は相変らずだな」
「どういう意味じゃ」
 牧子と茂、必勝は少年期に引き戻され、和んだ。
 
 上田家は昭和三十五年に九州から近所に引っ越してきた。長野県出身の利夫が家長で、四十四歳。四日市コンビナートの、プラントエンジニアだった。妻ミチコは三十七歳。茂は牧子より三つ下で、次女英子は当時九歳の小学生だった。
 必勝は茂と遊ぶようになり、遊びに夢中になって、上田家に遅くまで居座ることも多々あった。そんな時上田夫妻は、
「まさかっちゃん、晩御飯食べてけば」
 と勧めてくれるのである。
 利夫は一六三センチの小兵ながら豪放な性分で真夏の食卓などでは、パンツだけで子供に団扇(うちわ)を扇(あお)がせながら、上田家の子供同様に扱ってくれ、
「まさかっちゃんもどうだ?」
 とコップにビールを少量注いでくれたりした。必勝は飲みっぷりがよく、ミチコに、
「まさかっちゃんは酒飲みや」
 と呆れられたりした。
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