剣と日輪
 必勝は両親子供揃っての夕飯というものを未経験だった。物心ついた頃には両親は亡人(ぼうじん)であり、兄弟だけが、賑やかながらどこか物足りないテーブルについていたのである。上田家の客として大盛りの麦入り御飯をかきこみつつ、
(家族の食卓ってこうなんだな)
 としみじみ上田ファミリーを羨慕(せんぼ)した。上田夫妻は亡き父母の投影であり、上田一家は必勝にとって理想の家庭像になった。
 牧子は高校時代、
「まかやんが姉ちゃんを後追いするように、北海道旅行を敢行した」
 と茂から聞いた。
「えっ。まさか」
 牧子は必勝を異性とは、認可できなかったのである。近所の男の子としか恵慈(けいじ)できなかった。
 必勝の初恋は一年で終った。
「聖母マリア」
 とも慕うミチコが、高三の夏(か)月(げつ)に、牧子に対する必勝の片思いを憐れみ、
「牧子と友達でいてくれて、どうも有難う」
 と諭してくれたのが、引金だった。
 必勝も牧子が一向に振り向いてくれない、と感付いていただけに、ミチコの一言はこたえた。
「牧子とは今迄どおり、いい友人でいよう」
 必勝にはそう悟るだけの聡明さがあったのである。
 
 牧子は一足早く社会人になっている。必勝がスキーで足の骨を折り、寝そべっているのが少々妬(ねた)ましい。OLには春休みなど無い。
「同年輩なのにこっちは汗水流して労働して、学生さんは気楽でええわ」
 と声を大にしていった。
「そうかな」
「御兄さんに感謝しないと。勉強せんと罰当るわ」
「働いてるからって、そう威張るなよ」
 茂が学生として、一矢(いっし)報いると、
「いや、牧子さんには、それを言う資格があるのさ」
 必勝は分かった様な顔をしている。
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