剣と日輪
「兄貴と義姉さんに、後で礼言っとこ」
必勝を一生懸命育養(いくよう)してきてくれた治夫婦には、今年十一歳になる娘と、七歳になる息子がある。
「俺も社会人になったら、せめて久美子ちゃんと裕司くんには、毎年一杯お年玉やろう」
「それだけかい」
茂が突っ込んだ。
「無論、勉強もみてやる。浪人して早稲田に入る方法をね」
「ほほほ。まさかっちゃんらしい」
必勝の話には常に落ちがある。
「まさかっちゃん、早稲田の国防部よりも落研に入ればよかったのに」
牧子はそう残念がった。大学生になり、政治活動に励(はげ)む必勝だが、牧子には、必勝が学生運動にのめり込んでいくのが、不幸への道のように感ぜられてならない。何故だか分からぬが、そうとしか思えないのである。少年期を共に過ごした女友達の、哀子(あいし)に対する母性愛のなせる哀(あい)情(じょう)なのかもしれない。
「三回生になったら、落研に入部しようかな」
必勝は牧子には逆らわない。ときめきに従順なのは、生物の性(さが)であろう。
必勝は中学入学時より、母屋とは別棟の離れに起居している。勝手口、物置、それに八畳一間のこの家屋は、必勝の小さな母船である。母屋には森田治一家、亡父の実姉森もとの五人が住まわっている。
必勝は小学校五年生の二学期を、群馬県渋川市で夫婦共教師だった森家で送った。教育者である治が同職の婦女と結ばれ、共働きをするようになったので、伯母の家に預けられたのである。新妻に対する気遣いだった。
所が子がなかったとはいえ、森もとも共働き夫婦である。必勝の面倒を見切れずに、四ヶ月で森田家に必勝を送り返してきたのだった。
大人の都合で短期間に、群馬と三重を行ったり来たりした必勝は、子供心に傷付いた。
(俺は御荷物なのか)
必勝を一生懸命育養(いくよう)してきてくれた治夫婦には、今年十一歳になる娘と、七歳になる息子がある。
「俺も社会人になったら、せめて久美子ちゃんと裕司くんには、毎年一杯お年玉やろう」
「それだけかい」
茂が突っ込んだ。
「無論、勉強もみてやる。浪人して早稲田に入る方法をね」
「ほほほ。まさかっちゃんらしい」
必勝の話には常に落ちがある。
「まさかっちゃん、早稲田の国防部よりも落研に入ればよかったのに」
牧子はそう残念がった。大学生になり、政治活動に励(はげ)む必勝だが、牧子には、必勝が学生運動にのめり込んでいくのが、不幸への道のように感ぜられてならない。何故だか分からぬが、そうとしか思えないのである。少年期を共に過ごした女友達の、哀子(あいし)に対する母性愛のなせる哀(あい)情(じょう)なのかもしれない。
「三回生になったら、落研に入部しようかな」
必勝は牧子には逆らわない。ときめきに従順なのは、生物の性(さが)であろう。
必勝は中学入学時より、母屋とは別棟の離れに起居している。勝手口、物置、それに八畳一間のこの家屋は、必勝の小さな母船である。母屋には森田治一家、亡父の実姉森もとの五人が住まわっている。
必勝は小学校五年生の二学期を、群馬県渋川市で夫婦共教師だった森家で送った。教育者である治が同職の婦女と結ばれ、共働きをするようになったので、伯母の家に預けられたのである。新妻に対する気遣いだった。
所が子がなかったとはいえ、森もとも共働き夫婦である。必勝の面倒を見切れずに、四ヶ月で森田家に必勝を送り返してきたのだった。
大人の都合で短期間に、群馬と三重を行ったり来たりした必勝は、子供心に傷付いた。
(俺は御荷物なのか)