剣と日輪
 山本一佐の手から、写真が一同の手元に回った。公威は食い入るように、無様な水死体のポートレートを掴んでいる。
「これだけ証拠品が押収されたにもかかわらず、この事件は単なる密入国事件として扱われ、スパイ事件としては、有耶無耶(うやむや)となってしまった。日本政府が北朝鮮との軋轢(あつれき)を恐れ、平和外交という名の自虐外交に徹したからである」
「どうして」
 公威は怒声を発した。
「こんな重大事件が看過されるんだ」
 能代事件に時の池田内閣が適切な対処をしていたら、今日紛糾している北朝鮮による、
「日本人拉致・殺害事件」
 は未然に防げたかもしれない。北朝鮮政府による日本人拉致は、六十年代に始まったと言われている。日本のマスコミや日本共産党、日本社会党等が北朝鮮を、
「地上の楽園」
 と賞美(しょうび)し、日本の手本にしようとしていた頃、当の北朝鮮は、
「地上の楽園」
 どころか、
「犯罪国家」
 に堕落していたのである。数千万の人々を迫害、抹殺し、一党独裁の恐怖政治が支配するソ連。そして、
「文化大革命」
 と称し多くの人民を弾圧、処刑し、チベットを侵略している中国。
「共産党が政権を握った国の国民は、何れも悲惨な目にあっている。併し日本の共産主義者達はその事実を黙殺し、共産主義は自由で平等なユートピアだと女子供や社会的弱者を騙し、共産主義革命を画策している。許せない事だ。我々は命を賭して、掛替えの無い祖国を共産主義者、無政府主義者から防衛せねばならない」
 そう意見がまとまり、講義はジ・エンドとなった。

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