剣と日輪
 公威は今日の講義に憂懣(ゆうもん)したのか、祖国防衛隊員を喫茶店に誘い、珈琲とケーキを振舞った。
「このままでは日本は滅びる」
「我々が国民に覚醒を促す呼び水となる、良い方法はないものか」
 公威は延々と学生達と争論していた。どちらかと言えば物静かで行儀のいい公威の昂奮(こうふん)振りに、祖国防衛隊員達も、喧々諤々(けんけんがくがく)意見を戦わしたのだった。
 翌五月二十八日に市ヶ谷でなされた講義は、
「潜入と情報連絡」
 である。開講前、山本一佐はテープレコーダーを取り出し、スイッチオンにした。昨日喫茶店で公威達を白熱させた議論がはっきりと録音されていた。更に山本一佐は、聴講の為辺りを憚(はばか)りながら旅館に入館する祖国防衛隊員の写真を、広げて見せた。
 祖国防衛隊員達は一言も無く、しゅんとしている。大声で賢しらな事を言っている自分が記録されていた。公威は恐れ入ってしまった。
「敵は何処に居るか分かりません。二十四時間気を抜かぬこと。これが祖国防衛の第一歩なのです」
「ううむ」
 公威は唸ったきりである。祖国防衛隊員の絶句から、この日の講義は始まったのだった。
 午前中は、
「潜入と情報連絡」
 の室内講義だった。
「都市ゲリラ」
 を仮想敵とし、彼等の組織内に潜入し、情報収集にあたる。そしてその内容を指揮官に報告せねばならない。その遂行には多種多様な技法が駆使される。そうしたテクニックは、机上演習だけでは会得不可能である。実践の中でしか体得できないものだった。
 昼食後午後一時より、実際の訓練が行われた。集合場所に現れた公威はチャップリン紛(まが)いの付髭を、付けていた。無表情で滑稽な変装をしている公威に、
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