剣と日輪
 公威は直ぐにでも東大安田講堂に馳せ参じたくなる己を自制しながら、成行きを見守っていた。
 その最中六月二十六日には米軍に占領されていた小笠原諸島が日本に返還されて、東京都に編入されることとなった。
 早大国防部は返還当日に実施される小笠原返還パレードに参加する。その打ち合わせが六月二十三日になされた後、国防部はバスを借切って逗子へ海水浴に出掛けた。梅雨の晴れ間の暑気を厭う若人達で、道筋はラッシュアワー並みに車だらけだった。
 海岸の駐車場に足を下ろすと、一年生がレジャー客に熱狂してバスの屋根に上がり、道行く人々相手に演説をぶちかました。
「馬鹿な真似は止せ」
 必勝は内容の無いアジ演説に呆れて制止したが、新入生は上気した悪声を張り上げている。
「やらせとけ。いこいこ」
 斉藤が歩き出すと必勝も、
「しょうがねえなあ」
 と海辺を目指した。
「おうい、待ってくれえ」
 一年生部員は取り残されまいと、走ってくる。部員達はお調子者を囲んで砂浜に服を脱ぎ捨てるや、一斉に初夏の海を泳いだ。
「気持ちいいなあ」
「ああ」
 光輪が海面に照り返っている。波に身を任せば揺り篭(かご)の中みたいだ。
「できたらずっとこうやっていたいなあ」
 必勝は大海原に浮遊しつつ、そっと吐いた。
「俺達の憂国なんて、天からみればちっぽけな取るに足らないことなんだろうなあ」
「だろうなあ」
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