剣と日輪
 そうした性命を育んできた公威にとって、
「友情」
 は危険な深溝(しんこう)なのである。公威は軍事教練先の野営で、同級生が色話に実しやかに花を咲かせていた消灯前に、本性を隠匿(いんとく)し、さも女に興味津々といった演技をしていた。
(同性愛を大っぴらにでき、堂々と語る事ができたら、どんなにいいだろう)
 公威はそう夢想せぬだにないが、
「普通」
 という仮面を装着せずにおれないのである。
 不意にピアノの響が、公威の五感を襲った。拙いショパンの、
「仔犬のワルツ」
 である。所々詰りながら、鍵盤(けんばん)の音色が気だるい午下(ごか)の一時を揺らしている。
「あれは何ていう曲?上手いの?」
 公威は何気に尋ねた。
「知らない。妹の奴下手の横好きでね。さっきピアノの稽古が終わったばかりで、お浚(さら)いの最中なのさ。上手いとは思えないね」
「幾つ?」
「十八」 
 隣室の音楽は唸(うな)っている。
「我慢できないなら、止めさせようか?」
「否、折角頑張ってるのに、悪いや」
 三谷の妹邦子は、よくお茶を運んできてくれる。
「どうぞ」
 とほっぺたを赤らめながら湯呑を差出す邦(くに)子は、もんぺをはかず、ちゃんとスカートを着こなしていた。面(おもて)の産毛が濃く、黒光りのする艶(つや)やかな黒髪が肩迄垂れ、博多人形宜しくくっきりとした輪郭(りんかく)である。春の初対面の際には、舶来品の真赤な革(かわ)のジャケットを羽織っていたのが印象に残っている。
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