剣と日輪
 今年の八月に貝殻島上陸が未遂に終ってから必勝は、
「殉国」
 の機会のみを欣求(ごんぐ)するようになっている。日学同から楯の会に急速に傾きつつあるのも、
(悠長な堅実路線を一歩一歩歩む日学同と行動を共にしても、死に場所は得られそうも無い)
 と覚ったからである。デンジャラスな楯の会というより、明らかに一命を賭けて共産主義・無政府主義者と刺し違えようとしている公威に付いていけば、
(間違いなく立派な死に場所を提供してくれる)
 と嗅ぎ取ったからだった。
「死士は死士を知る」
 とでも形容できようか。
 必勝はこうした背景を背負っているので、山本一佐に対する質疑にも、殺気が漲(みなぎ)っていた。必勝は講義と講義の間の休憩タイム中、山本一佐のゲリラ戦術を飛び越えるように、発問した。
「一佐殿。剣で人をやる一番効果的な方法を教えてください」
 たじろいだ山本一佐に、必勝は畳み掛けた。
「今我国で最悪の人物は誰なんでしょうか?討つべき敵の巨魁の名を、挙げて下さい」
 山本一佐はいきり立つ必勝に、静語(せいご)した。
「慌てるな。人を殺すには、先ず己が死ぬ覚悟が必要なのだ。人を殺すというのは、大変な事なのだ。例え相手が巨悪の権化であっても、その人物の背後には何十人という親族、知人が居るのだ。其処を良く踏まえねばならぬ」
「死ぬ覚悟は出来ています」
 山本一佐は、
「そうかね」
 とそっぽを向いた。
 やがて再び必勝を真正面から見据えた。必勝の両目とかち合った。
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