剣と日輪
 必勝は特に早大の後輩である、倉持清に奢りたがった。持丸が楯の会を辞める際、倉持を後任に推薦したが、公威の裁断により必勝が学生長に補された経緯がある。倉持には実務能力が有った。だから班長の中でもリーダー格になっている。実力でそうなっていたのだ。楯の会の学生達は必勝の統率力、倉持の指導力に牽引されているのである。
「三島門下の双璧」
 と称してもよかった。倉持は親と同居しており、生活費に不自由していなかったので、金銭面の援助は余り必要なかった。必勝は何かと倉持を頼り、後輩ながら畏友として接していたのである。
 必勝は十一月の連休になると、金沢に遊んだ。必勝が密かに想いを寄せる上田牧子の弟茂が金沢大学工学部一年生になっており、兄貴分として、
「入学祝」
 をしてやりたかったのだ。
 必勝は茂の下宿に上がりこむや、銭湯に誘った。
「それから飲みに繰り出そう、奢ってやる」
 必勝は小型のバッグを放り投げると、茂に、
「入学祝や」
 と断って紙幣を数枚差し出した。
「こんなにええんかい」
 貧乏学生にとっては、大金である。茂は必勝のプアマン振りを知っている。洗濯をする金がないので下着にも事欠いてノーパンで数日過ごし、歯ブラシは共用、靴下は履きっざらしという貧窮話を本人から直に聞いたことがある。
「ええぞ。とっとけや。俺は今金には困っていない」
「じゃ、遠慮なく」
 茂はそそくさと紙幣を、小銭しかない財布に入れた。
「懐があったかいてええなあ」
「ええやろ。さあいこ。夜行できたから昨日風呂入ってないから」
「うん。いこ」
 二人は古風な金沢の街を歩いた。
「銭湯代も出してやる」
「一体どうしたんや。東京で何かやっとんの?」
「うん。まあ後で話そうや」
「うん」
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