剣と日輪
「先生は、何時死なれるのですか?」
公威は窮した。少年には得体の知れない充足感があり、公威には意味不明の狼狽がある。
「わからんよ。誰にも自分が何時死ぬのかなんて」
「本当ですか?」
「本当だとも」
公威は、
(こいつは死神か)
と少年のにきび面に引寄せられた。今や彼我の優劣が逆転している。
「先生なら分かってらっしゃると」
「そんな事は無い。神でもない限り、自分の寿命など分かるもんか」
「そうですか」
少年は俄に多弁になった。
「父はそうでもないんですが、母がどうしても大学へ行け行けと喧しいから、受験しにきたんです。東京はごみごみして嫌ですね。でも田舎には大学ないし、しょうがないですね。同級生の女の子には先生が右翼だからどうだこうだと言うのがいますが、僕は先生の小説の大ファンです」
少年の止め処もない舌禍(ぜっか)に、
「すまんが、もう時間だ」
と公威はストップをかけ、帰らせた。少年は平岡家を後にし、宿へと急いだのである。生涯忘れられぬであろう慶事(けいじ)に浮かれながら。
公威は出掛け、用事を無事終えてミッドナイトの執筆に励んだ。一息いれると午前二時である。
(あの少年は)
煙草を曇らせながら、公威は深く腰掛けている。
(一体何だったのか。今考えてみれば幻であったような気がする。若しかすると俺の死期を自分で選ばせようとした、あの世からの使者だったのかもしれない)
公威は窮した。少年には得体の知れない充足感があり、公威には意味不明の狼狽がある。
「わからんよ。誰にも自分が何時死ぬのかなんて」
「本当ですか?」
「本当だとも」
公威は、
(こいつは死神か)
と少年のにきび面に引寄せられた。今や彼我の優劣が逆転している。
「先生なら分かってらっしゃると」
「そんな事は無い。神でもない限り、自分の寿命など分かるもんか」
「そうですか」
少年は俄に多弁になった。
「父はそうでもないんですが、母がどうしても大学へ行け行けと喧しいから、受験しにきたんです。東京はごみごみして嫌ですね。でも田舎には大学ないし、しょうがないですね。同級生の女の子には先生が右翼だからどうだこうだと言うのがいますが、僕は先生の小説の大ファンです」
少年の止め処もない舌禍(ぜっか)に、
「すまんが、もう時間だ」
と公威はストップをかけ、帰らせた。少年は平岡家を後にし、宿へと急いだのである。生涯忘れられぬであろう慶事(けいじ)に浮かれながら。
公威は出掛け、用事を無事終えてミッドナイトの執筆に励んだ。一息いれると午前二時である。
(あの少年は)
煙草を曇らせながら、公威は深く腰掛けている。
(一体何だったのか。今考えてみれば幻であったような気がする。若しかすると俺の死期を自分で選ばせようとした、あの世からの使者だったのかもしれない)