剣と日輪
 である。楯の会全隊員による合唱だった。
 山本一佐は聞き惚れた。元帝国軍人たる山本一佐の根底にある武士道が、揺り動かされたのである。
 公威は熱烈に待った。山本一佐が一言、
「やろう」
 と言い出すのを。山本一佐の心魄(しんはく)は響(きょう)音(おん)しながらもその腰は上がらなかったのである。
「起て 紅き若き獅子たち」
 の合唱は止んだ。
 公威はレコードをカバーに仕舞い、天皇陛下より賜(たまわ)った恩賜(おんし)の煙草を上に載せて、山本一佐にプレゼントした。形見の積りである。
(もう何も語るべきことは無し)
 色々便宜を図ってくれた一佐への、せめてもの謝礼である。
 山本一佐は公威の、
「形見」
 を有難く受け取った。
(終った)
 第二次世界大戦に燃え尽きた青年将校は、最早老残兵でさえない。親方日の丸にすがる役人に過ぎなかった。自責の念にかられながらも、安逸(あんいつ)を堅持させてもらう御礼を、公威に返した。
 階下の玄関先で、公威は紅孔雀の手入れ方法を尋ねた。山本一佐が岳父仕込みの知識を伝達すると公威は、
「大切に育てます」
 と心にもない礼句で応じた。
 公威はサボテンが大嫌いだった。グロテスクな紅孔雀の紅花の彩色(さいしき)が、自分と自衛隊の連関(れんかん)のずれを表出しているように思え、痛心した。公威はオー・ヘンリーの、
「最後の一葉」
 という短編を、何故かイメージしてしまったのである。
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