剣と日輪
「腹一杯だよな」
 とウインクしてみせた。
「うん。もうお腹一杯」
 治の子だけに察しがいい。必勝に合わせてくれた。
「そう」
 牧子は必勝を惹き付けて離さない拈華微笑(ねんげみしょう)で、
「じゅあ、今度来た時にね」
 と約そうとした。
 必勝は、
「そうだね」
 と語尾を濁した。
(もうこない気だわ)
 牧子はぴんときた。
(この人は別れを告げにきたんだ)
 必勝は嘘がつけない性質だ。牧子はこんなはっきりしない返答をする必勝を、見た記憶が無い。
「じゃ、さようなら」
「うん。又」
 必勝は裕司と共に手を振ると、夕焼け空の彼方に吸い込まれていった。
(まさかっちゃん)
 牧子は今重大なミスを犯してしまったように思えた。後を追おうと表へ出たが、必勝の後背(こうはい)は曲り角に消えてしまったところだった。牧子は必勝の独往(どくおう)たる影を捕らえようとしたが、
(又会える)
 と思い直して、我が家へ引き返したのである。
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