剣と日輪
(明日、そちらへ行きます)
と父母に手拝した。墓石は、無言で必勝を見下ろしている。
「未だ早い」
そう思いとどまらせんとしているかのようだった。
菩提(ぼだい)寺の帰路、家へ寄ったが留守だった。
(兄貴、御免な)
両親を次々に失った兄治は少年家長として、姉妹と必勝の三人を養うべく、十代から行商や売り食いで家計を支えてきた。森田家は治の労働により、やっと飢えを凌げたたのだ。浪人、大学進学と、必勝は治に苦労ばかりかけてきた。その恩を返さずに、このまま永別するのは辛艱(しんかん)であったが、会えば襤褸(ぼろ)が出て、
「最終計画」
が流れるかもしれない。必勝には治に隠し通せる自信がなかった。今頃は教壇に立っているであろう。
(さらば)
必勝は築百年以上経つ建坪四十坪の我家を、後にした。
そして上田家の前を、通りかかった。覘(てん)望(ぼう)してみたが、人影はなく、カーテンが閉め切ってある。牧子もこの時間帯は、OLとして、勤務に勤しんでいるだろう。こんな真昼間に街角をうろついているのは、年寄りと必勝位なものだった。
(さようなら。俺は牧子が好きだった)
必勝はそのまま駅へ向い、名古屋から新幹線に乗って上京したのである。
必勝が帰郷している間、公威、小川、古賀、小賀の四名は皇居前パレスホテル五一九号室で予行練習に余念がなかった。十一時には公威が益田総監に電話をかけ、明日の面会の確認を済ませた。自分がまさか人質になるなどとは夢にも思わぬ益田陸将は、
「楽しみにしています」
と父母に手拝した。墓石は、無言で必勝を見下ろしている。
「未だ早い」
そう思いとどまらせんとしているかのようだった。
菩提(ぼだい)寺の帰路、家へ寄ったが留守だった。
(兄貴、御免な)
両親を次々に失った兄治は少年家長として、姉妹と必勝の三人を養うべく、十代から行商や売り食いで家計を支えてきた。森田家は治の労働により、やっと飢えを凌げたたのだ。浪人、大学進学と、必勝は治に苦労ばかりかけてきた。その恩を返さずに、このまま永別するのは辛艱(しんかん)であったが、会えば襤褸(ぼろ)が出て、
「最終計画」
が流れるかもしれない。必勝には治に隠し通せる自信がなかった。今頃は教壇に立っているであろう。
(さらば)
必勝は築百年以上経つ建坪四十坪の我家を、後にした。
そして上田家の前を、通りかかった。覘(てん)望(ぼう)してみたが、人影はなく、カーテンが閉め切ってある。牧子もこの時間帯は、OLとして、勤務に勤しんでいるだろう。こんな真昼間に街角をうろついているのは、年寄りと必勝位なものだった。
(さようなら。俺は牧子が好きだった)
必勝はそのまま駅へ向い、名古屋から新幹線に乗って上京したのである。
必勝が帰郷している間、公威、小川、古賀、小賀の四名は皇居前パレスホテル五一九号室で予行練習に余念がなかった。十一時には公威が益田総監に電話をかけ、明日の面会の確認を済ませた。自分がまさか人質になるなどとは夢にも思わぬ益田陸将は、
「楽しみにしています」