剣と日輪
 楯の会定例会は通常午前十時より隊長の講義、或いは部外協力者の講演で始まる。次いでカレーライスを食し、珈琲を楽しみながらのランチタイムとなり、終了するというコースである。
 所がこの日は隊長公威の遅着が知らされ、ライスカレーが先に出た。隊員達は拍子抜けしたが、取敢えず談笑と料理に時間を費やす外はなかったのである。

 午前十時四十分。新潮社の小島千加子が約束時間より十分遅れで平岡家の門を叩くと、顔見知りの家政婦が大封筒を差し出し、
「旦那様は出掛けられましたが、これを御渡しするようにと言われ、御預かりしています」
 と告げた。
「有り難うございます。今日は自宅から直接伺ったもので、時間に十分遅れてしまいました。先生に詫びていたとお伝えください」
 公威が時間にうるさい性質(たち)であることは、双方熟知している。公威の遅刻許容範囲時間は、五分だった。家政婦は首をひねった。
「十分の遅刻?先生は十時十五分にお出になりましたが」
「え?」
 小島は昨日電話で確かに、
「明日は予定が入っているから、午前十時三十分キッカリに原稿を取りに来てください」
 と依頼された。してみると約束を守らなかったのは、両方という結果になる。
(珍しい。あんなに約束を厳守する人が)
 小島は不審に思いながら、平岡家を辞した。
 考えてみれば、大封筒もおかしい。今迄何度も平岡家に原稿を取りに行ったが、今日のようにホッチキスで四辺を綴じられている事など無かった。新潮社に出社して封を切ってみると、又封がされ、それは三重になっていた。益々怪しみながら原稿を机上に広げ、最後のページを確かめると、

「豊饒の海」完。
昭和四十五年十一月二十五日
(年表作家読本三島由紀夫より)
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