剣と日輪
「刀を持ち歩いて、咎(とが)められたりしませんか」
「これは、これがあるから大丈夫です」
 公威は関の孫六の鑑定書を、ちらつかせた。そして刀身を抜き、
「小賀、ハンカチを貸してくれ」
 と抜身に見入りながら頼んだ。決行の合図である。小賀が立ち上がると同時に、益田総監も席を立った。
「ちり紙がありますよ」
 小賀はハンカチを持っていなかった。獲物が執務デスクに歩み行ってしまったので、当惑しながらも日本手拭を公威に渡した。公威は小賀を睨み据えた。
「構わんから、隙を見て飛び掛れ」
 と下知しているようだった。
 公威は日本手拭で剣を、手馴れた手付きで拭く。益田総監は、
「日本手拭か」
 と頷きつつ、元の席に戻った。
「軍刀拵えの関の孫六です。どうぞ」
「これはどうも」
 益田総監は熊本県出身である。陸大五十四期首席卒業で、大本営参謀を勤めた少佐であった。嘗て軍刀を吊るしていた者としては、刀に興味が無い訳が無い。刃渡り一○四センチ、刃幅七十四ミリの関の孫六に見惚れている。幕末井伊大老を桜田門外で討ち取った薩摩藩士有村次左衛門兼清も用いていた、天下の名刀である。
「三本杉が鮮やかですなあ」
 関の孫六の刃(は)文(もん)の特徴である見事な刀身の波に、益田総監は男性美の極致を見た。
「いや。いいものを見せていただいた」
 益田総監が関の孫六を公威に返却したところを見計らい、小賀が行き成り益田総監に襲いかかった。左腕で首を羽交い絞めにし、公威から返してもらった日本手拭で益田総監の口を覆った。
 空かさず小川と古賀がロープで益田総監の両手両膝両足を縛りつけ、小賀は日本手拭で、猿轡を噛ませた。
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