剣と日輪
「総監、お許しを。呼吸が止まるようにはしませんから」
 小賀はそう断った。
 必勝は椅子や机、植木鉢、ロッカー等を移動させ、正面ドア、幕僚長室に通じるドア、幕僚副長室に抜けるドアを封鎖し、バリケードを急造していく。幸いにも何れの戸も観音開きで内側に開く仕組になっていた。
 益田総監は公威達に軟禁されるのだとは思いもよらず、
(これは訓練をしてみせているのだ。後でこれが訓練の成果です。どうです鮮やかでしょう、とでも言うつもりか)
 と為すがままになっていた。猿轡は喋れる程度に緩(ゆる)い。
「分かったから。冗談はこれくらいにせんかね」
 益田総監の呼掛けに、公威は刀を握ったまま無言であった。
(本気なのか。わしを人質にして、何をする気だ)
 益田総監は観念し、項垂れるしかなかったのである。
 総監室とは廊下を隔てて左正面にある業務室前には、沢本泰治三佐が待機していた。沢本三佐は不自然な総監室内のざわめきに、気付いた。耳を澄ませば、公威達がごとごとと騒々しく活動している感じだ。空気がおかしかった。沢本三佐は先刻公威と楯の会隊員を引導した際におぞけった殺気を思い返すや、原勇業務室長に、
「総監室内の様子がおかしいです」
 と急報したのだった。
 原一佐は、
「一体どうしたんだ」
 と顔を曇らせながらも、沢本三佐の訴えを確認すべくセロテープを磨(すり)硝子(がらす)に貼り付けて室内を覗き見た。セロテープの向こうには益田総監がこちらを向いて椅子に腰掛ており、楯の会隊員が後ろに直立しているらしい。薄ぼんやりとそう覗える。
(マッサージでもしているのか)
 原一佐が胸を撫で下ろしかけた途端、益田総監のぎこちない動作が目に焼き付けられた。
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