剣と日輪
(否。これはおかしい)
 原一佐は正面ドアをノックして、
「失礼します」
 と取っ手を回そうとしたが、鍵がかけられていた。
「総監、原であります。空けて下さい」
 応答はなかった。原一佐は扉に体当たりを始めた。数回繰返したお陰で、二十センチ位戸が開いた。
 必勝は原一佐がドアに体当たりを続けている間に、自衛隊に対する要求書のコピー用紙を四つ折りにしてドアと廊下の隙間から外側へ押しやった。が、原一佐はそれに目もくれない。その内扉が開いてしまったので、必勝は全力でドアを押し返し、
「来るな、来るな!」
 と怒鳴った。
 原一佐は凶事を認めざるを得ない。がっくりと肩を落とした原一佐の足元にコピー用紙が転がっている。手にとって見ると、
「総監室を占拠」
 という文字が瞳を衝いた。
「十一時三十分までに駐とん地内の全自衛官を本館前に集めよ」
 と希求されており、
「妨害された時は総監を殺害する」
 とも明記してある。原一佐と沢本三佐は顔を見合わせた。
「君は此処を離れるな」
 原一佐は急ぎ足で業務室と同列に位置する第三部作戦室へ赴き、会議中だった幕僚副長山崎皎(あきら)陸将補、吉松秀信一佐に、
「三島由紀夫が益田総監を人質にして、駐とん地内の自衛官を本館前に集結させるよう要求しています」
 と信じられないような凶変を告げ、要求書を差し出したのだった。
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