剣と日輪
「第一に、あのお父さんだよ。邦子さんはきっとノイローゼになるよ。別に家を構えるならいいけど、そんな予定は無いし。彼女のヨーロッパ帰りの洗練された家と、古臭い家とでは、家風も全然違うし。それに僕も未だ学生で、収入なんかありゃしない。学生結婚で苦労をしたくないし、かけたくない」
 公威は結婚の障害を、列挙した。どれもこれも、その気にさえなればクリアーできる筈だった。だが、
(この子には、その気はない)
 倭文重は汗を拭(ぬぐ)いながら、知暁(ちぎょう)した。けれども惚(とぼ)けて、
「貴方の気持ちはどうなの?」
 と一応尋ねた。公威は口篭(くちごも)ったが、引き千切る様な語調で論じた。
「僕は実を言うと、余り本気じゃなかった。そりゃあ、好きだけど、好きという事と、結婚は別だと思う」
「そうねえ。なら仕方ないわね。お断りの手紙を出す事ね」
 倭文重はあっさりと結論を下すと、腰を上げた。公威は反対意見を口にしなかった倭文重に惑志(わくし)し、
「ああ」
 と吐息(といき)してしまった。
 倭文重は室外に出たが、首だけを襖(ふすま)越しに残すと、
「もしかして公ちゃん」
 と語尾を濁(にご)した。
「何もしちゃいないよ」
 公威は鋭く答え、情けなくなって失笑した。
「自分の息子が信用できないの?」
「分かった」
 倭文重は照れ笑いしている。
「母親の性ね」
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