剣と日輪
「酒なんかで誤魔化(ごまか)したくない」
 珈琲を飲み干すと、
「それとも、君は飲まずにおれない?」
 と聞き返した。
「馬鹿言うない」
 矢代も腹を据えたらしい。ケーキを一口で臓腑(ぞうふ)に収め、コーヒーを一気飲みした。
「行こうか」
「うん」
 二人は肩を組み、店外へ踏出した。
「後で文句言うなよ」
 矢代の念押しを、
「言うもんか」
 と公威は笑殺した。
 この珍妙な一組の学生の向かった先は、新宿歌舞伎町界隈である。其処は赤線地帯であった。
 公威は二十二になるというのに、童貞である。公威の見栄の世態では、この事象は、
「恥」
 であった。公威は自意識では、
「大人」
 だと自得していた。群(ぐん)鶏(けい)の中の一(いっ)鶴(かく)である自体が、余人が嗜(たしな)む女体を未経験であるという情態(じょうたい)が、どうしても我慢ならなかったのである。
 公威と矢代は電車を乗り継いで、薄暗いが煌(きら)びやかな電(でん)燈(とう)がちらつく一帯に降立った。無口で関(かかわ)りを恐れるかのように、路地を掠(かす)めて行く男達。やり手婆(ばばあ)の勧誘のしわがれた囁き、全ては艶冶(えんや)な夜の帳(とばり)の中の殺風景な景観である。
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