剣と日輪
「ああ」
 公威は見栄と義務感に肩を押され、倡妓の真赤な唇を奪おうとした。
「駄目、口紅がついちまうよ」
 娼妓(しょうぎ)は、
「こうすんの」
 と魚類みたく大口を開け、舌端(ぜったん)を差し出した。公威はぎょっとしたが、炎に群がる蛾(が)のふんうんで、淫婦(いんぷ)と舌を交(まじ)わった。
 公威は真裸で淫売(いんばい)の乳房を貪(むさぼ)り、陰部(いんぶ)に男(だん)根(こん)を突刺そうとした。公威の一物(もつ)は主の要求に応えず、勃起(ぼっき)しない。
「まかせて」
 遊女(ゆうじょ)は口舌(こうぜつ)やフィンガーを使い、公威の淫(いん)心(しん)を呼起こそうと尽くしたが、無駄であった。
「御免」
 公威は諦め、服を着た。
「悪いね」
 売春婦は玄人として、顧客に謝った。
「否、起たない方が悪い」
 公威は、
(矢張り俺は不能なのだ)
 と屈辱感で一杯であった。屋外に出ると、木枯しが身にしみた。通り過ぎんとするサラリーマン風の若輩者(じゃくはいもの)と、かちあった。
(楽しいかい?)
 公威はそう尋ねたかったが俯(うつむ)き、足早に欲望の街から飛出していった。

 戦後の世上(せじょう)には、アナーキズムとコミュニズムが妖(よう)咲(しょう)狂歌(きょうか)していた。日本共産党は、
「太平洋戦争に唯一反対した政党」

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