剣と日輪
「え」
公威は、パンを齧(かじ)っていた口腹(こうふく)の動止を中断した。
「何時?」
「この日曜の夜」
「何処で?」
「練馬区豊玉の、知人の部屋で」
「知人の部屋?そんな所へ太宰治が来るのか?」
「ああ」
矢代は経緯(けいい)を開陳(かいちん)した。
「僕の知人の知人の早稲田の高等学校生が、新潮社の編集者と知合いで、その人を通じて太宰に是非会いたいと申し入れたんだって。そしたら太宰が快諾(かいだく)し、知人の一橋大生と、知人の知人の早稲田の高等学校生の下宿に来ることになったんだ。太宰が評論家の亀井勝一郎も誘ったら、この際学生や編集者を集めて懇談(こんだん)会を開こう、という事になったんだって」
「ふうん」
公威が作家志(し)尚(しょう)である、と矢代は既知(きち)している。
「君も来るかい?」
「中々面白そうだな」
公威は高等文官試験の受験勉強、大学と自宅の往復といった無味乾燥な日夕(にっせき)に、飽き飽きしていた。
「是非(ぜひ)、参加したい」
と速答した。
「分かった。期待せずに待っててくれ」
矢代はからかい気味の口角(こうかく)で、仲立ちを請負(うけお)ってくれたのだった。
(下手な映画を観るより、面白そうだ)
公威の太宰に対する感情は、嫌(けん)厭(えん)と言ってよい程であった。公威は太宰が売物にしている、
「敗北の美学」
を、笑止千万(しょうしせんばん)だと確信している。太宰文学の根幹(こんかん)を貫く、
「自虐(じぎゃく)」
「自己(じこ)崩壊(ほうかい)」
といったものは、公威に言わせれば、体力不足から来る痴態(ちたい)であり、医学的検察の範疇(はんちゅう)に属するものだった。
「自らを傷つけ、治癒(ちゆ)を拒絶して、殉教者を装い、無知蒙昧(むちもうまい)の徒に偽善を撒き散らして、誑かしている」
然(しか)もこんな戯言(ざれごと)に等しい小説が、混迷している世情(せじょう)に受けているのである。
公威は、パンを齧(かじ)っていた口腹(こうふく)の動止を中断した。
「何時?」
「この日曜の夜」
「何処で?」
「練馬区豊玉の、知人の部屋で」
「知人の部屋?そんな所へ太宰治が来るのか?」
「ああ」
矢代は経緯(けいい)を開陳(かいちん)した。
「僕の知人の知人の早稲田の高等学校生が、新潮社の編集者と知合いで、その人を通じて太宰に是非会いたいと申し入れたんだって。そしたら太宰が快諾(かいだく)し、知人の一橋大生と、知人の知人の早稲田の高等学校生の下宿に来ることになったんだ。太宰が評論家の亀井勝一郎も誘ったら、この際学生や編集者を集めて懇談(こんだん)会を開こう、という事になったんだって」
「ふうん」
公威が作家志(し)尚(しょう)である、と矢代は既知(きち)している。
「君も来るかい?」
「中々面白そうだな」
公威は高等文官試験の受験勉強、大学と自宅の往復といった無味乾燥な日夕(にっせき)に、飽き飽きしていた。
「是非(ぜひ)、参加したい」
と速答した。
「分かった。期待せずに待っててくれ」
矢代はからかい気味の口角(こうかく)で、仲立ちを請負(うけお)ってくれたのだった。
(下手な映画を観るより、面白そうだ)
公威の太宰に対する感情は、嫌(けん)厭(えん)と言ってよい程であった。公威は太宰が売物にしている、
「敗北の美学」
を、笑止千万(しょうしせんばん)だと確信している。太宰文学の根幹(こんかん)を貫く、
「自虐(じぎゃく)」
「自己(じこ)崩壊(ほうかい)」
といったものは、公威に言わせれば、体力不足から来る痴態(ちたい)であり、医学的検察の範疇(はんちゅう)に属するものだった。
「自らを傷つけ、治癒(ちゆ)を拒絶して、殉教者を装い、無知蒙昧(むちもうまい)の徒に偽善を撒き散らして、誑かしている」
然(しか)もこんな戯言(ざれごと)に等しい小説が、混迷している世情(せじょう)に受けているのである。