剣と日輪
公威は、
(太宰に、一言苦言を呈してやろう。太宰の反応が、楽しみだ)
と、サンデイナイトを待機していた。
矢代の斡旋(あっせん)が功を奏し、一月二十六日、公威は紺(こん)絣(がすり)の和装に襟巻(えりまき)といった扮装(ふんそう)で、集合場所である国鉄中野駅南口に現出した。
「おやおや。何とも御立派だな」
矢代が公威の厳(いかめ)しい装いに、けちをつけた。
「気にしないでくれ」
公威は亀井や早稲田高等学校生の出英利、一橋大生の高原紀一といった参会者達に、慇(いん)懃(ぎん)に自己紹介をした。皆学生服や、背広姿である。大時代的な公威の袴(はかま)がやけに目立った。が、これこそ公威の狙いだった。異様に澄み切った眼目(がんもく)の外は、何処にでもいそうな秀才面の公威が、学帽で身を固めても、太宰の目に留まらないかもしれなかった。
オーバーに表現すれば、ドスを後生大事に懐中に呑んだ暗殺者の風情で、太宰の文学を一撃してやろう、と公威は企図している。それには、太宰の眼中に入り込まねばならないのである。
太宰が駅頭に降立った。公威は粉飾(ふんしょく)に満盈(まんえい)するナルシスト気質も手伝って、和服を誇示する様に、太宰の躯体(くたい)を佇眄(ちょべん)していた。夫々(それぞれ)が太宰に歓声を伝達すると、一同はバスで練馬区豊玉へ移動し、出と高原の下宿先へ、続々と靴を脱いだ。建物は二階建で縦に細長く、八畳の室に十人もの人影がある。裸電球が薄暗い。上座には太宰と亀井が並列し、太宰の眭(けい)が、ブラックホールの様に輝赫(きかく)している。
早速熱燗(あつかん)が運ばれてきて、学生達は太宰と盃(さかずき)を交し始めた。
「東京帝国大学法学部三回生の、平岡君です」
矢代が何時もと違い、幾分謹厳(きんげん)さを漂わせながら、公威を太宰に引き合わせた。
「そうか。太宰治です。ま一杯」
太宰が飲み干した杯を、公威に与えた。太宰の手酌(てじゃく)で、酒を頂く。
「どうぞ」
(太宰に、一言苦言を呈してやろう。太宰の反応が、楽しみだ)
と、サンデイナイトを待機していた。
矢代の斡旋(あっせん)が功を奏し、一月二十六日、公威は紺(こん)絣(がすり)の和装に襟巻(えりまき)といった扮装(ふんそう)で、集合場所である国鉄中野駅南口に現出した。
「おやおや。何とも御立派だな」
矢代が公威の厳(いかめ)しい装いに、けちをつけた。
「気にしないでくれ」
公威は亀井や早稲田高等学校生の出英利、一橋大生の高原紀一といった参会者達に、慇(いん)懃(ぎん)に自己紹介をした。皆学生服や、背広姿である。大時代的な公威の袴(はかま)がやけに目立った。が、これこそ公威の狙いだった。異様に澄み切った眼目(がんもく)の外は、何処にでもいそうな秀才面の公威が、学帽で身を固めても、太宰の目に留まらないかもしれなかった。
オーバーに表現すれば、ドスを後生大事に懐中に呑んだ暗殺者の風情で、太宰の文学を一撃してやろう、と公威は企図している。それには、太宰の眼中に入り込まねばならないのである。
太宰が駅頭に降立った。公威は粉飾(ふんしょく)に満盈(まんえい)するナルシスト気質も手伝って、和服を誇示する様に、太宰の躯体(くたい)を佇眄(ちょべん)していた。夫々(それぞれ)が太宰に歓声を伝達すると、一同はバスで練馬区豊玉へ移動し、出と高原の下宿先へ、続々と靴を脱いだ。建物は二階建で縦に細長く、八畳の室に十人もの人影がある。裸電球が薄暗い。上座には太宰と亀井が並列し、太宰の眭(けい)が、ブラックホールの様に輝赫(きかく)している。
早速熱燗(あつかん)が運ばれてきて、学生達は太宰と盃(さかずき)を交し始めた。
「東京帝国大学法学部三回生の、平岡君です」
矢代が何時もと違い、幾分謹厳(きんげん)さを漂わせながら、公威を太宰に引き合わせた。
「そうか。太宰治です。ま一杯」
太宰が飲み干した杯を、公威に与えた。太宰の手酌(てじゃく)で、酒を頂く。
「どうぞ」