剣と日輪
 太宰は、酢を飲んだような面目(めんもく)で勧めた。
「いただきます」
 公威は二口で酒杯を空けた。
「いいねえ」
 太宰が唸(うな)った。公威は一礼し、次の学徒に席を譲った。
 酒巵(しゅし)の礼式が一巡すると、太宰が静(せい)寧(ねい)に、説話を始めた。卑俗な駄洒落(だじゃれ)も交えた談話に、出席者達は静(せい)影(えい)と化し、静聴(せいちょう)している。公威は、
(丸で新興宗教の教祖と、信者のようだ)
 とおかし味を堪(こら)えている。普段軟派な不良といった風味を醸(かも)し出している矢代までが泣顔(なきがお)になっている。矢代は涕(てい)涙(るい)を一(ひと)拭(ふ)きすると、一階に下った。
(異常だな)
 この大部屋は今、俗世の罪とやらの糾弾場となっている。太宰がその人間の原罪を引被(ひっかぶ)って甘心(かんしん)を収攬(しゅうらん)し、懺悔(ざんげ)の甘苦(かんく)に誰もが酩酊(めいてい)していた。
(こいつらは、馬鹿だ)
 公威はそう透徹(とうてつ)した。
 すると自然に体が前へ出て、大胆にも、太宰の息がかかる程の面前に静座したのである。   
 公威がにやけながら、ファンである森鴎外の著書について幾つかの質問をすると、太宰は、
「鴎外の文学は大したもんだが、野暮な軍服姿で誇らしげに写真に収まっている気がしれない」
 等と宣(のたま)った。
 言動の途切れた一息の間、公威は太宰に面と向かい、
「僕は先生の小説、あれが大嫌いです」
 と言い放った。
 座は途端に白けた。

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