モザイク
信じられなかった。運転手の顔は顔ではない。モザイクだ。たぶん、赤いところは血だろう。その証拠にそこに触れた制服に、赤くシミが出来ている。
「おいっ、河田・・・?大丈夫か・・・?」
胸のバッヂに“河田”と書いてある。このモザイクが運転手であると、車掌は考え声をかけた。
「ん・・・んん・・・。」
「河田・・・?」
声に反応した。
「安川か?」
口元だろうか、モザイクが動いた。
「河田、大丈夫か?」
「あ、あぁ・・・。」
「いったい、何があったんだ?」
そう訊かれてはじめて、河田は車掌を見ようとした。右、左・・・。それを何回か繰り返したが無駄だった。
「やっぱり・・・ダメか・・・。」
「やっぱり?ダメ?何がだ?」
「安川、お前、今どこにいる?」
「どこ?何言っているんだ。お前の目の前にいるだろ。」
「目の前にいるのか?」
そう言って手を前に差し出す。それが安川の頬をかすめた。モザイクの端が頬をひっかき、軽く血が滲んだ。
「河田、爪くらい切っておけ・・・。」
そう言い掛けた。しかし、実際に安川の頬を切ったのは爪ではない。モザイクだ。安川は言葉を飲み込んだ。
「すまないな・・・。うちに帰ったら、嫁に切ってもらうとするよ。」
「あぁ、そうしてくれ。それより、何がダメなんだ?」
「俺の見ている世界、今、すべてモザイクなんだ・・・。」
どうやら、自分の身体の事を言っているわけではないようだ。
「お前の見ている世界がモザイクって・・・。そんな事、そんな事あるわけない。」
「嘘なんか言ってもしょうがないだろ?お前の顔は四角の塊さ。なんとなく色で察しているが、表情なんて伺えるものではないさ。」
「そうか・・・。」

サイレンの音が遠くから聞こえてきた。
「河田、助けが来たみたいだぞ。」
「・・・。」
「ん、河田?」
「・・・。」
返事はなかった。その姿からは、河田がどんな様態なのか、詳細を知り得ない。ただ、さっき制服についた血が、出血しているとだけ告げていた。河田の症状は、もしかしたら芳しくないのかもしれない。
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