モザイク
「く、来るな。」
佐々木も怯えた。
ふたりには桜井の姿がモザイクに見えていたのだ。
「どうした?ふたりとも・・・。落ち着いてくれよ。さっき、この病室に連れて来た桜井だよ。」
ふたりの声に桜井も怯えていた。
「桜井さん?」
確かに声はさっき聞いた桜井の声に間違いなかった。
「そ、そうだよ・・・。僕がお化けにでも見えたかい?」
長沢と佐々木は顔を見合わせた。
「本当に桜井さんなんだよね?」
「くどいな。なんで、そんなに確認するのさ?」
「さっき、ここに連れてきてくれた時、俺も長沢も桜井さんがどんな人なのか想像でしか見る事が出来なかった・・・。」
ここで桜井は自分の失言に気がついた。ふたりに自分がお化けに見えるはずがないのだ。
「あ、すまなかったな・・・。悪気はなかったんだ・・・つい・・・。」
桜井は謝る事しか出来なかった。
「違うよ。気にしないで。俺が言いたいのは、そんな事じゃないんだ。」
「と言うと?」
「理由はわからないよ。でも、俺も長沢も見えるんだ。そこに置いてあるテレビとか、窓に掛かっているカーテンとか。色だけじゃなくて、形もわかるんだ。」
「なんだって?」
桜井の驚きようは普通ではなかった。
「と言う事は、僕の事も見えるのかい?」
桜井の問いに、ふたりは哀しそうな表情になった。それから首を横に振った。
「ごめんなさい。桜井さんの事は見えないの?」
「だって、テレビもカーテンも見えるんだろ?」
そうは言ったものの、桜井にはふたつともモザイクにしか見えない。働き慣れた病院だからこそ、おおよその位置からそう言えた。桜井の周りはモザイクしかない。それは今話をしているふたりも同じだ。モザイクだ。正直気が狂いそうだ。出来ればここから逃げ出したかった。けど医者としての使命感がそれを許してはくれなかった。
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