モザイク
神宮寺の車はマニュアルだ。オートマのようにアクセルを踏めば進むと言った単純なものではない。両手、両足を駆使して運転する。それが車の醍醐味だと思っていたからこそ、神宮寺はこの車を手に入れた。それを今は恨めしく思った。
「どうやって・・・運転したものか・・・。」
少なくとも片手は欠片を目にあて続けなければいけない。視界を確保する為だ。神宮寺の車は右ハンドルだ。右手で欠片を持ったなら、操作をすべて左手に委ねる事になる。シフトレバーとステアリングを同時に操作できない。走るのは困難だろう。左手で欠片を持ったならもっとマズい。ステアリングは持てるが、シフトレバーには手が届かない。
車を停めたまま、色々と試してみるがどうもうまくいかない。
「せっかくいい感じなのに・・・。どうにかならないのか・・・。」
ステアリングを握りながら考える。欠片を目のところで固定する方法はないものだろうか。

十分くらいだろう。神宮寺は考え続けていた。
「何も思いつかないな・・・。」
いかに自分に応用力がないのか、それを痛感した。きっと丹沢なら、すでにどうにかしているだろう。そうも思った。
「あいつならどうするかな?」
丹沢の考えに同調すれば何か思いつくかもしれない。過去に似たシチュエーションはなかっただろうか。
「欠片、欠片・・・。」
思いだそうと、同じ言葉を何度も繰り返した。

学生時代、神宮寺は今と違いメガネを使用していた。少し真面目そうに見える細いフレームのメガネだ。その日は研究室に大きな荷物を運ぼうとしていた。

「おい、神宮寺。」
大学の廊下で教授に呼び止められた。教授の足下には大きな荷物があった。どうやら荷物をどこかに運ぶ途中で、休んでいたらしい。
「木村さん、なんですか?」
神宮寺のゼミの教授は木村と言った。しかし、この木村は教授とか先生と呼ばれる事を、ひどく嫌っていた。だから、神宮寺も、丹沢も、教授の事を“さん”付けで呼んでいた。
「お前、今暇だよな?」
別に暇ではない。これからサークルの打ち合わせに向かう途中だ。
「えっ、いや・・・。」
「暇だよな?」
それは暗に手伝えと言っているのだと、やっと神宮寺は理解した。
「あ、はい。どこに運べばいいんですか?」
「おぉ、運んでくれるか?何か催促したみたいで悪いな。」
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