モザイク

雪崩るモザイク

その叫びはカナの眠りを妨げるのに十分だった。
「いやああああああああ・・・。」
電車の振動に合わせ揺れていたカナは、驚き椅子から転げ落ちそうになった。
「な、何？」
長い前髪をかき上げ、悲鳴の聞こえた方を見た。そこには若い母親らしき女がいた。側にベビーカーが置かれているから、カナはそう思った。
「だ、誰か・・・。」
助けを求めても、あいにく車両に乗っているのは、カナしかいなかった。慌てて目を合わさないようにしたが遅かった。その母親はカナの元に走ってきた。
「た、た、助けて下さい。」
そう言われても自分はしがない女子高生だ。とてもではないが、何かが出来るとは思えない。しかし母親のあまりの狼狽ぶりに、それでも一応聞いてみた。
「どうしたんですか？」
「うちの子が・・・。う、うちの子が・・・。」
「子供がどうかしたんですか？」
そう聞いても答えが出てこない。言葉を奪うほどの何かが、子供に起きたようだった。
言葉が出てこないのなら、行動に出るしかなかった。母親はカナの細い手首を掴み、そのまま子供のところに連れて行こうとした。
「なっ、痛っ、何するんですか？！」
そう言っても母親は手を離さない。グイグイとカナを引っ張る。
「やめ、やめて・・・。」
そう言っている間に、目の前にベビーカーがあった。
「こ、この子を・・・見て下さい。」
母親の声は哀しみに震えている。それを笑い飛ばすかのような子供の無邪気な声が対照的だった。
＜普通そうだけど・・・。何がおかしいんだろ・・・？＞
ベビーカーをのぞき込んだ。
「なっ・・・。」
言葉を失った。そして、また自分の目がおかしくなったのではないかと不安になった。
ベビーカーに乗っている子供の顔がモザイクになっている。いや、顔だけではない。水色の洋服から出ている小さな手？もモザイクだ。
「触ってもいいですか？」
カナは聞いた。母親は何も言わずに頷いた。
そっと指を伸ばす。固い。ガラスに触れているような堅さだ。しかし、そんな堅さの中に人独特の温もりを感じる。なんとも言い難い違和感だ。
「これって・・・。」
言葉が続かない。
そんなカナの指を、子供が手で握った。