成熟と化して
「……」


すぐバレる嘘だった。紙田は自分でも下手な嘘だと思った。

ナイフを持ってることから、黒い服の男は文化祭を楽しむ為にやってきたのではないと、頭の悪い紙田でも分かった。

―じゃあどうする?

紙田の頬に冷や汗が垂れる。

―死ぬのかな…、だったら本望だ。


そこまで考えが行き着いたとき、不意に黒い服の男は「…そうか」といい、ナイフを懐に戻した。


「お…お兄さんは、何でここに…?」

紙田はあくまで自分の中では冷静を装っていたが、冷や汗や、顔の表情からして、怯えていることが分かった。
最もそれは、死に対しての恐怖ではないが。

黒い服の男は、紙田の質問には答えなかった。
正確に言うと、紙田の質問には答えたが、それは答えじゃなかった。
ポツリと一言

「…後でわかる」

そう言って、屋上から出ようと、ドア付近まで男は行く。
ドアノブに手を伸ばしたが、その動きを止め、また紙田の方を向いた。

「少年」

「紙田だ」

「そうか…紙田くん…」

男は言葉を選でるような様子で少し間を開けたあと

「死ぬな」

「…?」

紙田は男の言葉の意味がわからなかった

自分は一言だって、死にたいとは言っていないのに。

―それともその場のノリで言ったとか?

と、紙田らしい考えまで浮かんだ。


紙田が怪訝そうな顔で男を見ていたので、何かを思ったのだろう。男は言葉を付け足した。

「おまえさんは、何か大切な人を失った。そういう目をしてる。だからって、その人の後を追うような真似はするな」


敢えて紙田は男の話を最後まで聞いた。
胸に染み込ませるために

「大丈夫だよ、お兄さん」

いつものニヤニヤした笑みで

「俺はまだ、後を追うようなほど、立派な人になってねーからな」

「ほう」

「今、こういう性質で、後なんか追ったら、あいつに怒られそうからな、"まだ何も出来てないじゃない"てな」

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