0-WORLD
カプセルの中に入っている間も、シャンの賑やかな声が響いていた。
またどうせ世話女房ぶったホラをライに話しているのだろう。俺もどうせならあんな風な人間に生まれたかったね、…と俺がシャンに想いを抱くのは卑屈過ぎることだろうに。

蒼い空間には慣れていない。
昔読んだ絵本には世界には広大な空が存在しそれらは蒼に染められていたという。…有り得る筈もない。

…そう、総て絵空事だ。
俺が今日見たあの夢も、踏み入れた世界も総て空想の産物。俺は知らない、あんなもの、知らない。悪趣味なんだよ、天井が蒼に染められているなんて気味が悪い。

俺は記憶を発症してしまったのだろうか。
だったら、ネツァクの収容所に放り込まれるのも時間の問題だな。俺もある種は狂人だとして、あいつらの問題は狂人という言葉じゃ収まりきれない。


目を閉じると、あの風景が其処には存在していた。
驚いて目を見開いた筈だった。だが其処にはやはりあの絵空事の世界が広がっていて、巨大な木のたもとで女が俺に手を差し出している。


ーこっちへ、こい。


女がそう呟いた瞬間、カプセルが開かれる大きな音がして、絵本の世界は一瞬にして砂嵐と消えた。


「お疲れ様、ゼロ。…顔色が悪いね、どうしたんだい?」


むくりと起き上がるなり頭を抱えた。
白昼夢。それもたちの悪い。ああ、夢ならば…
これも総て夢だったとしたなら、俺の意識の住む世界は何処だ?
ふたりをそうぼんやりしながら眺めていると、心配そうな顔をするふたりも滑稽に思えてくる。


「ゼロ?」


俺の額にシャンのつべたい手が置かれた。
実体を見せてくれ。あんたの表情も仕草も優しさも手が届く場所にあるんだって。
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