滑稽なワルツ
「高遠さん」

不意に、名前を呼ばれ、思惟の世界から現へと一瞬にして引き戻された。
低くも、高くも無い。聞きやすく心地がいい声色。
先ほどまで騒がしかった教室が、グラスの水の揺れが止まる様に、静まる。

今、何の授業だっけ。
顔を覆っていた手をどけ、机の上の、開いてすらいない教科書をちらりと見る。

ああそうだ。古典の授業だった。
そう確認してから、先ほど自分の名前を呼んだ教師、浅倉の方へ視線だけをゆっくりと向けた。

一重のすっとした切れ目に、程よい厚みの唇。
溌剌とした女子高生とは違い、どこか艶やかで香る、大人の女性。
思わず、きゅっと下唇を噛みたい衝動に駆られた。

「気分でも悪いの?」

気分?何でそんな事…。
ああ、さっき顔を手で覆っていたからか。
気分が悪いのか、と訊くのは間違ってはいない。多分。
変わっていく周りに酔って、変われない自分に酔って、気分が悪い。
ある意味、当たっている。

「いえ、別に」

浅倉はその返事に納得がいかないのか、少し怪訝そうな顔をした。
クラス中の視線が亜紀に降り注ぐ。

なんて居心地の悪さ。

亜紀は心の中で悪態を吐いた。
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