貴公子と偽りの恋
「泣かないで?」

恵子は私の眼鏡をちょっと上げて、ハンカチで涙を拭いてくれた。

「じゃあね」

恵子は一瞬、私をギュッと抱きしめ、戻って行ってしまった。



私は一人で裏庭に行き、校舎を背にして立ち止まった。

幸い、他には誰もいなかった。
曇りでまだよかったけど、湿気が多くて蒸し蒸しする。

おでこの汗をハンカチで拭きながら、私は香山君を待った。

来てくれるかな…。来なければ来ないで、それが香山君の答えだから、それでもいいかな…

そんな事を考えていると、静まり返った裏庭に、ザッザッと、人の足音が聞こえた。

音の方に目をやると、校舎の影からスラッと背の高い男子が現れた。
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