春夏秋冬、君を包む風が吹く。

戻らない夏。

せみの鳴き声と、むせ返るような暑さに、芝生の緑の匂いが混じった空気。
人の気配もなく、賑やかで、静かな情景。
矛盾した表現も、たぶん、あの頃のままの部分と、変わってしまった部分と両方が、真実だから。


バスに揺られる道のりの景色は、すっかり変わってしまってた。
長い滑り台のあった、大きな公園は、いつの間にか大型ショッピングモールになり。
なし園の広がっていた場所は、大きな病院が建ち。
だけど、昔よく行ったラーメン屋さんはそのままで。
今もたくさんの車が、駐車場に並んでる。

汗を拭きながら、昔歩いた道を歩く。

子どもたちがそこかしこに走り回っていたはずの夏。
プラスチックでできた、緑色の虫かごを下げた男の子も。
水風船を、水道でふくらませながら遊んでいる女の子も。
歩く道のりで、出逢うことはできなかった。


静かで、ただ、せみの鳴き声だけが響く。


帰り際、ずっと行きたかった場所に立ち寄る。
君が、住んでいた家の前。
たぶんもう、家族でここを出ているのだと思う。
表札は、見知らぬ名前が下がっていた。

昔一度だけ、勇気を出して、ここに来たことがある。
名前のない贈り物を、こっそり家の前に置いてきた、淡く苦い思い出。

そのときのことを思い出して、無性に心臓が早く打つ。

あの時言えなかった気持ちは、幼い私のまま、ここに置いてきた。
これからもずっと、言うつもりのないまま、ここに置いていくだろう。
たぶん、もう会うことはないと、わかってる。


だけどもし。
奇跡が起きて、再び出逢う事があるならば。


そんな可能性をあきらめきれないまま私は。
表札の変わった家を、見つめた。


むせ返るような暑さと、草いきれの中。
もう戻らない、あの頃の夏を、心のどこかに蘇らせながら。