さよなら異邦人
「あなたにとっての青春の想い出……私にとってもそうだったのよ」


「……!?」


「私と千鶴子、仲が良かったの。クラスが別だったから、あなたは知らなかったでしょうけど」


「どうして今までそれを……」


「どうしてって、あなたは私に一度も千鶴子との事を話してくれなかったでしょ。私は知ってましたけど……。その手紙、よく読んでみて」


 妻に言われるまでもない。私は貪るようにしてそれを読んだ。


 その文字は、震え時に乱れていた。読み進むうちに私は気付いた。あの手紙と同じ文面だ。どういう事なんだ?


 私の表情を見て察した妻が、


「千鶴子からあなたへ届けられた手紙、あれ私が代筆したの」


「お前が?」


「そう。千鶴子があなたに手紙を書こうとしていた時は、かなり病状がひどくて、指先にも力が入らなかった……それで、この下書きを清書してくれって言われて」


「お墓まで持って行くつもりだったけど、あなたが千鶴子との事を小説に書き始めたと知って、いつかはこの事を伝えなくちゃって……。私の文字じゃなく、彼女の文字から、千鶴子の想いを受け止めて上げないとね。いつまでも贋物じゃ、あなたも寝覚めが悪いでしょうから」


 妻はそこまで話し終えると、ゆっくりと立ち上がり最後にこう言った。


「今度は、芥川賞でも目指してみる?」


 五十を過ぎているくせに、本当に無邪気な事を言う奴だ……。


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