さよなら異邦人
『佐伯君へ

 この前はごめんね。無理に付き合わせちゃったりして。でも、すごく嬉しかった。佐伯君が、私の事をそんなに好きじゃないって判っていたけれど、それでも嬉しかった。

 最後の最後に、佐伯君と想い出が作れたこ事、感謝します。

 たくさん、佐伯君に伝えたかったのに、言葉が出て来ません。

 お別れが近いのかな。

 佐伯君は、私の事を余り知らなかったと思います。でも、私は佐伯君の事を結構知ってたんですよ。

 クラスの誰を好きで、よく授業中に読んでいた本がへミングウエイで、いつも自分の癖毛を気にしていて。私は佐伯君の髪、嫌いじゃなかったけど。

 あの日、二人きりになれた時は、神様が私に最後の贈り物をくれたんだと思いました。毛布をそっと掛けてくれた時に、微かに触れた指先の感触、忘れずに天国へ持って行きます。

 もう一度だけ、あの日に戻りたい。

   坂巻千鶴子 』



 彼女の直筆の便箋を私はいつまでも握り締めていた。



< 218 / 220 >

この作品をシェア

pagetop