さよなら異邦人
父を呼ぶ時は、いつも名前で呼んでいる。

自分の父親を捕まえて名前で呼ぶのも変な話なんだけれど、そう呼べと押し付けられているから仕方が無い事なんだ。

何でも結婚して子供が出来たら、絶対に父さんとか呼ばせないって決めていたらしい。

パパなんて呼び方はもっての外なんだそうだ。

酒好きの父は、僕が早くお酒を飲めるようになる事を楽しみにしていて、

飲めるようになったら、二人して六本木とか赤坂辺りできれいなオネーチャン達を侍らすんだ!

というのが、数ある夢のうちの一つらしいから、とにかく友達感覚でいたいんだろう。

数ある夢……

父はよく僕に、ああしたい、こうしたいといった夢を語る事があるけれど、絶対に変わらない夢があるんだ。

大概の夢は、割と早くに諦めたり挫折している。

僕が生まれる前は、舞台役者を夢見ていたらしく、本当かどうか判らないけれど、一応劇団に所属した事もあったらしい。

ミュージシャンにもなろうとした。

それが笑っちゃうんだけれど、ギターのコードを三つしか弾けないくせに目指そうとしたらしい。

僕でさえ五つは弾けるけど。

そういえば、家の押入れにサックスがあった。それも、恐らくはミュージシャンを夢見ていた時の残骸なんだろうな。





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