先生は何も知らない
■先生、笑い方を教えてよ
 斎藤という女生徒が頻繁に川嶋の下へ来るようになった。
 高校三年の夏休み前ともなれば、数学の苦手な斎藤が数学教師の川嶋に頼るのは当然だが、この女生徒はどうもそれだけが目的ではないらしい。

「川嶋先生、英語も分かんないの」
「それは担当の先生に聞きなさいよ」

 川嶋は呆れ顔で斎藤の参考書を取り上げた。さっさと教えてしまって、早く自分の仕事を片付けなくては。
 川嶋は三年のクラス担任で、今日の午後は期末試験の成績会議もあり忙しかった。出来の悪い斎藤に数学を教えるだけでも手一杯で、他の教科まで面倒を見てやる時間は無い。
 それに斎藤は、川嶋のHRの生徒でなければ、川嶋の担当する授業クラスの生徒でもないのだ。一年の頃から全く関わりの無かった生徒が、どうしていきなり自分の所に来たのか、川嶋には分からなかった。

「やっぱり、川嶋先生の数学は分かり易い」

 彼女は川嶋のプチ講義の後、たまにそんなことを言う。
(俺よりも教えるのが上手い先生は沢山いると思うけど)
 川嶋は内心ではそう思いながら、斎藤から借りたシャープペンシルで参考書の中の適当な数式に線を引いた。

「今教えた通りに解いてみて。此処が分かれば後の数式の意味も分かる筈だから」

 川嶋は斎藤に参考書とペンを返すと、職員室のデスクに向き直った。そんな川嶋の横顔に、隣で突っ立ったままの斎藤が再び声を掛けてきた。

「川嶋先生、放課後も来て良いですか。――」
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