先生は何も知らない
 女性教諭と並んで廊下を歩く間、川嶋は一言も喋らなかった。彼女もまた、必死に話題を探すものの、何も浮かばず結局黙る他無かった。
 そんな時、生徒用の女子トイレから斎藤が出てくる。川嶋はそれに気付くが、どうせ斎藤の方から声を掛けて来ると思い、何も言わず歩き続けた。

 しかし、どうしたことか。
 斎藤はこちらをチラリともせず、川嶋の横を通り過ぎて行く。川嶋は思わず斎藤へと振り返ってしまった。その背中に声を掛けようとした。

「川嶋先生? どうしました?」

 だが隣を行く女性教諭に引き留められ、川嶋は言いかけた言葉を呑み込む。

「いえ。……」

 川嶋は一度、手元の出席簿に挟んだ少しはみ出たプリントの角を見たが、また直ぐに前へと視線を戻し、この男にしては珍しい僅かな笑みを女性教諭に向けたのだった。

 しかしそれはただの微笑では無く、引きつったようなぎこちなさがあった。

(プリントは、後で渡せばいいか)

 川嶋は、そのまま授業のある教室へと歩いて行った。
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