先生は何も知らない
 放課後、川嶋は斎藤の少し崩れた女文字を目で追いながら、途中途中に赤のボールペンで書き込みをした。
 気付けば斎藤のノートは真っ赤になっている。川嶋はノートを真剣に覗き込む斎藤の横顔を一瞥すると、思案顔になった。

 この生徒は、努力が実を結ばないというか。
 いつまで経っても、何度問題を繰り返しても、次の日にはまるですっかりと忘れてしまったかのように同じミスをしてくる。
 いい加減、この生徒が気の毒になってきた。何か良い方法は無いものか。

「川嶋先生、」

 その時、不意に斎藤が口を開き、油断していた川嶋は驚いたが、それは少し心臓がドキリとする程度のもので、斎藤は気付かずに続ける。

「どうしてこれが答えになるの」

 川嶋は説明を始めた。場所は職員室なので、なるべく声を潜めて。
 自然、川嶋の声をよく聞き取ろうとする斎藤との距離が近くなる。教師と生徒、という距離感ではあるが、川嶋は斎藤のこの熱心な一面はそれなりに評価していた。
 教師の間ではあまり評判は良くないようだが。

(意外に、真面目なのか)
 川嶋はいつもより丁寧に説明を続けた。
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