先生は何も知らない
「川嶋先生って、彼女とかいないの」

「それは関係の無いことだから」

 川嶋は今日も例外なく数学の問題を持ち込んで来た斎藤にぴしゃりと言うが、この生徒が突然数学以外の話題を振ってきたことが川嶋は内心不思議でならない。斎藤が彼氏彼女の有無の話で盛り上がるようなタイプには見えなかったのだ。

「あたしはね、いたよ。去年まではね。でも振られちゃって。もしかしたらまだ好きかも」

 川嶋には彼女の意図が分からない。
 そのような話がしたいなら、生徒と関わるのを最小限に収めようとする自分ではなく、他の若い教師とすれば良いではないか。その方が川嶋より遥かに良いアドバイスが返ってくるだろうし、川嶋自身も数学以外の相談事をされては困る。
 デスクの傍に座る斎藤を見やるが、斎藤は瞼を伏せてノートを見つめたままだ。

「斎藤さん。……」

 川嶋が溜め息を吐くと、斎藤は視線を上げる。目が合った。ぱっちりとした目だった。

「うそ、うそ。あ、嘘じゃないけど。関係無いこと話してごめんなさい。まだ教えて欲しいところが……」

 斎藤が慌ててノートと参考書を捲るのを、川嶋は黙って見ていた。
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