先生は何も知らない
 ある日の放課後。川嶋は斎藤が昇降口にぼうっと立ち尽くしているのを見つけた。川嶋は無言で、斎藤の傍の自動販売機の前に立ち、小銭を入れる。
 川嶋はミネラルウォーターを買うつもりだった。だが、ボタンを押す前に斎藤が横から突き出した指に缶コーヒーを選ばれてしまう。

「あっ」

 冷たい缶コーヒーがガコン、という音と共に出て来た。

「先生、水なんてわざわざ自販機で買うものじゃないよ」

 川嶋は不機嫌に眉を潜めた。何なんだ、この生徒は。何を選ぼうが、それは個人の自由ではないか。
 川嶋はコーヒーが苦手なのだ。

「斎藤さんはこの間の小テスト、あまり出来が良くなかったみたいですね。私が教えたばかりの分野の筈だけど」

 川嶋は精一杯の嫌みを述べた。だが、斎藤には何の効果も無い。

「だって、数学どころじゃなかったの」

 川嶋は自動販売機から缶コーヒーを取り出した。頭の中では既に次の仕事の段取りをしている。
 だがそんな川嶋の邪魔をするように、斎藤は言う。

「先生、ああいう時ってやっぱり笑うべきなのかな」
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